TOP > 調査研究 > アカスジキンカメムシの体色に関する実験
Posted: 20 July 2020
Modified: 11 Sept. 2022
2020年6月22日にケバエの一種と思われる死骸の集まりの中に,アカスジキンカメムシ(Poecilocoris lewisi)を発見しました.
発見したのは小楯板のみで,その他の部位は失われた状態でした.
小楯板を採取し,5%塩化ベンザルコニウム水溶液(オスバン希釈液)で洗浄しました.
アカスジキンカメムシの体色は生存時は鮮やかな緑色ですが,死亡するとその体色は失われ,図2のような暗い緑色になります.
ただし,体色は水に浸すことにより復活することも知られています.そこで,5%塩化ベンザルコニウム水溶液(オスバン希釈液)に2時間浸け置き,体色の変化を観察しました.
2時間経過後は,鮮やかな緑色が復活していることが確認できました.
さらにこのまま2時間静置すると,再び暗い緑色に戻りました.
これにより,アカスジキンカメムシの小楯板は水分の浸透により色が変化することがわかりました.
水は時間の経過により揮発するため,鮮やかな体色を維持するためには揮発性の低い物質を浸透させる必要があると考えました.
ワセリンは揮発性が低く安定しているため,水の代わりに浸透させれば体色が維持できるのではと考え,小楯板の表裏の一部にワセリンを塗ってみました.
そのまま1日静置してみましたが,体色は暗い緑色のまま変化しませんでした.
ワセリンをふき取り,次にグリセリンの中に1日浸け置きました.
その後,グリセリンから引き上げてふき取り,4時間経過したところを観察してみました.
小楯板の半分ほどに鮮やかな緑色が戻っています.グリセリンは揮発性が低いため,4時間経過しても小楯板に浸透した状態が維持できているものと考えられます.
ただし,色の復活にはムラが出ました.
グリセリンに浸け置いた小楯板は色の復活にムラがありました.これはワセリンが残留していたためグリセリンの浸透が阻害されたためと考え,ワセリンの除去を試みました.
いったん水道水で洗浄した後,界面活性剤(台所用洗剤)の中に浸け置きました.しかし浸け置いてすぐに小楯板の色が赤色に変化し始めました.そのため界面活性剤への浸け置きは中断し,すぐに水で洗い流し,もう一度グリセリン中に半日間浸け置きました.
その後,グリセリンから引き上げ,さらに半日間静置した後に観察してみました.
鮮やかな緑色が戻っていますが,全体が赤みがかってしまいました.
図6では色の復活にムラが出ましたが,今回はムラは出ませんでした.
そのまま室内に1週間静置した後,再度観察してみました.
色に変化は見られず,引き続き鮮やかな緑色が維持されています.
ここでいったん水に浸して1,2時間程度浸け置いて,乾燥させると,元の暗い緑色に戻りました.
ただし,界面活性剤に浸けた影響か,実験を繰り返した影響か,色にムラが見られました.
以上のことから,グリセリンはその揮発性の低さから体色維持に効果があることが確認できました.
次に小楯板の表裏の効果の違いを検証するために,まず表面(外面)にグリセリンを塗布し1日静置してみました.
部分的に色が復活していますがムラがあります.
いったん水に浸けグリセリンを除去し,乾燥させたのち,次は裏面(内面)にグリセリンを塗布して1日静置してみました.
こちらも部分的に色が復活していますがやはりムラがあります.小楯板の表裏で効果の差は確認できませんでした.
色の復活にムラがあるのはワセリンの影響ではなく,グリセリンそのものの性質によるものであると考えられます.
グリセリンは体色維持に効果がある一方,粘度が高いため,浸透性が悪いと考えられます.
いったん水で洗浄・乾燥後,表面にグリセリンと共に水も塗布し,1日静置しました.
グリセリン単体塗布時に比べムラがなくなりました.
これは以下の効果によるものと考えられます.
図7,図8ではグリセリンに浸け置くことで全体に色が復活しましたが,これは水で洗浄したのち乾燥させずにすぐにグリセリン中へ投入したことにより上記と同じ効果が表れたものと推察されます.
なお,ワセリンはそれ自体は浸透せず,また他の物質の浸透を阻害すると考えられます.
界面活性剤は,小楯板の色の構成要素そのものを洗い流してしまう可能性があります.
また,小楯板裏面にもグリセリンと水を塗布すればより効果が高いと考えられますが,実際のアカスジキンカメムシの標本を想定したとき,裏面への塗布は極めて困難であることから表面のみとしました.
図13の状態から再度表面にグリセリンと水を塗布し,さらに1週間静置しました.
図13と比較し,さらに色が復活していることが確認できました.
一連の実験で,グリセリンがアカスジキンカメムシの体色維持に効果があることが確認できました.
しかし,今回の実験には以下2点の問題点がありました.
1.ワセリンを使用したこと
ワセリンは一度塗布すると除去が困難な物質なので,使用には慎重になるべきでした.
2.界面活性剤を使用したこと
界面活性剤の使用により全体的に赤みがかってしまい,初期状態との比較が困難になりました.ただし,なぜ界面活性剤を使用することで赤みがかってしまったかは今のところ不明です.
なお,今回の実験では1週間程度しか効果の維持を確認できていません.一般に昆虫標本は10年,100年単位で保管されることから,効果の持続性と弊害について引き続き観察を続けていく必要があります.
また,アカスジキンカメムシの小楯板の色が水分等の浸透により変化するメカニズムについても調査する必要があります.それにより,界面活性剤の使用により赤みがかった理由が判明する可能性があります.
図15.の状態から2年以上静置した2022年9月に,再度状態を確認してみました.(室内・エアコンなしの状態で放置)
鮮やかな輝きはすっかり褪せてしまいました.ただし,色にムラは見られませんでした.
体色を維持したままでの年単位の保存にはまだ多くの課題がありそうです.